19世紀初頭の約30年間には 《歴史・文学・芸術》
従来の古典主義、主情主義と並んで新たにロマン主義がおこり、さらに優れたリアリズムの作品も生まれている。
ロマン主義には甘美なペシミズムや幻想の世界へのあこがれを歌ったジュコフスキーらの「保守的」ロマン主義と、バイロン的な反逆の精神に貫かれたルイレーエフ、キュヘリベーケル、オドエフスキーらのデカブリスト詩人や初期プーシキンらにみられる「市民的」ロマン主義の二つの流れがみられる。
またこの時期のリアリズムの代表者としては、平俗な用語でロシア人の国民的性格を浮き彫りにした寓話詩人クルイローフや、同時代人の種々なタイプをみごとに典型化した喜劇『知恵の悲しみ』の作者グリボエードフらがあげられる。
こうしたさまざまな傾向や流派は、1820年代の初めから創作活動を開始した大詩人プーシキンの天才によって、やがてみごとな調和のなかに溶かし込まれ、いわゆる批判的リアリズムの高次の総合に生かされることになる。
この総合のうえにたちつつ、韻文小説『エウゲーニー・オネーギン』、劇詩『ボリス・ゴドゥノフ』、叙事詩『青銅の騎士』、散文作品『ベールキン物語』、『スペードの女王』、『大尉の娘』、小悲劇『モーツァルトとサリエリ』『石の客』など多彩な作品で前人未到の領域を開拓したプーシキンの偉業を待って、ロシア文学は初めてロシア的現実とロシア的典型の独自な表現としての国民文学となった。
プーシキンが、その比類ない数多くの叙情詩、叙事詩によって美しく豊かな近代ロシア語を完成させた功績も忘れられない。
プーシキンが1830年代以後初めて開拓した散文の領域では、レールモントフおよびゴーゴリがそのリアリズムを継承。
とくにゴーゴリの長編『死せる魂』第一部、中編『外套』、レールモントフの『現代の英雄』はリアリズム小説の直接の源泉となった。
レールモントフについては、デカブリスト敗北後の反動的社会状況と相いれなかった彼の立場を反映して、アポロン的なプーシキンに対してロシア文学のディオニソス的伝統の源流をなし、またその詩の独自な音楽性がチュッチェフ、フェート、マイコフらを経て19世紀末の象徴派詩人に至るロシア詩の「純粋芸術」派的潮流に大きな影響を与えたことが見逃せない。
ロマン主義には甘美なペシミズムや幻想の世界へのあこがれを歌ったジュコフスキーらの「保守的」ロマン主義と、バイロン的な反逆の精神に貫かれたルイレーエフ、キュヘリベーケル、オドエフスキーらのデカブリスト詩人や初期プーシキンらにみられる「市民的」ロマン主義の二つの流れがみられる。
またこの時期のリアリズムの代表者としては、平俗な用語でロシア人の国民的性格を浮き彫りにした寓話詩人クルイローフや、同時代人の種々なタイプをみごとに典型化した喜劇『知恵の悲しみ』の作者グリボエードフらがあげられる。
こうしたさまざまな傾向や流派は、1820年代の初めから創作活動を開始した大詩人プーシキンの天才によって、やがてみごとな調和のなかに溶かし込まれ、いわゆる批判的リアリズムの高次の総合に生かされることになる。
この総合のうえにたちつつ、韻文小説『エウゲーニー・オネーギン』、劇詩『ボリス・ゴドゥノフ』、叙事詩『青銅の騎士』、散文作品『ベールキン物語』、『スペードの女王』、『大尉の娘』、小悲劇『モーツァルトとサリエリ』『石の客』など多彩な作品で前人未到の領域を開拓したプーシキンの偉業を待って、ロシア文学は初めてロシア的現実とロシア的典型の独自な表現としての国民文学となった。
プーシキンが、その比類ない数多くの叙情詩、叙事詩によって美しく豊かな近代ロシア語を完成させた功績も忘れられない。
プーシキンが1830年代以後初めて開拓した散文の領域では、レールモントフおよびゴーゴリがそのリアリズムを継承。
とくにゴーゴリの長編『死せる魂』第一部、中編『外套』、レールモントフの『現代の英雄』はリアリズム小説の直接の源泉となった。
レールモントフについては、デカブリスト敗北後の反動的社会状況と相いれなかった彼の立場を反映して、アポロン的なプーシキンに対してロシア文学のディオニソス的伝統の源流をなし、またその詩の独自な音楽性がチュッチェフ、フェート、マイコフらを経て19世紀末の象徴派詩人に至るロシア詩の「純粋芸術」派的潮流に大きな影響を与えたことが見逃せない。
update:2010年05月07日
